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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)1378号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一被控訴人が建築設計等を業とする株式会社であることについては、当事者間に争いがない。

二<証拠>によると、昭和五二年八月始めころ、被控訴人は、訴外須長から、当時栃木県足利市伊勢町三丁目八番地の五、七及び八の地上にビルの新築を計画していた控訴人を紹介され、そのころ控訴人から建物の配置案等を記載したメモを渡されてビル建築の具体的な計画内容についての相談を受けるに至り、その結果、同年一〇月ころまでの間に、被控訴人において控訴人のために右ビル建築のための設計図面を二〇枚余り、工費の概算予算書を二通、それぞれ作成し、これらを順次控訴人のもとに提出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実からすると、特段の事情の認められないかぎり、被控訴人は、控訴人からの依頼に基づいて、その営業の範囲内に属する行為である右新築ビルの設計及び設計図面の作成を行つたものであることが推認できるものというべきである。控訴人は、前掲の本人尋問において、被控訴人に右ビルの設計を依頼したことはなく、被控訴人から提出された計設図面等は、控訴人に対して正式の設計依頼を行うことを勧誘するための資料として、被控訴人において勝手に作成して来たものであると供述する。しかしながら、昭和五二年八月から一〇月にかけて控訴人自身も何度か被控訴人の事務所に足を運ぶなどして被控訴人と本件ビルの建築計画の内容についてくり返し話し合つていることは、控訴人もその本人尋問において認めているところであり、しかも<証拠>によると、右の期間中に被控訴人の方で作成した設計図面の内容については、建物の用途自体についても、当初は四階建ないし六階建のアパートであつたものが、その後六階建更には七階建の事務所兼ビジネスホテル用ビルに変更され、部屋の配置等の点についても順次変更が加えられるといつたように、期間の経過に伴つて修正、変更が加えられていつていることが認められ、このような設計内容の変更が控訴人の側からの指示ないし要望なくして行われたものとは到底考えられないこと、更に最終的には右設計図面に基づくかなり詳細な工費の概算予算書までが作成され、これが控訴人のもとに提出されていることが認められることなどからすると、右のような本件ビルの設計及び設計図面の作成行為が、控訴人からの依頼に基づかない、被控訴人側で仕事を獲得するための一方的な宣伝あるいは勧誘行為に過ぎなかつたものとすることは、到底困難なものというべきであり、控訴人の右供述は信用できない。

もつとも、<証拠>によれば、控訴人の方では、すでに昭和五二年一〇月始めころから、本件ビルの建築について被控訴人以外の他の設計事務所とも接触を持ち、結局最終的には控訴人以外の事務所に本件ビルの設計を正式に依頼するに至つていることが認められるのであり、この事実からすると、昭和五二年八月の時点においても、控訴人が被控訴人に本件ビルの建築に関する設計業務を確定的に委託するという合意が両者の間で成立していたとすることにはなお疑問があるものというべきであり、その時点における両者の合意の内容としては、被控訴人の方で作成する設計図面の内容等を見たうえで、更に正式の設計業務委託契約締結の段階にまで進むか否かを改めて決定しようという、その意味では不確定的な色合が多分に含まれていたのではないかと考えられる。しかし、商人である被控訴人が控訴人の依頼によつてその営業の範囲に属する設計図面等の作成という行為を行つていることが認められる以上、両者の間でとくにその行為を無報酬とする旨の合意があつたと認められるような場合を除いては、商法五一二条の規定により、被控訴人は、控訴人に対してその行為に対する相当の報酬を請求できるのであるから、控訴人が被控訴人に対して本件ビルの建築についての設計業務を確定的に委託するとの合意が両者の間で成立するまでには至つていなかつたとしても、これによつて、被控訴人の控訴人に対する報酬請求権の発生が妨げられるものではない。

三そこで、控訴人主張の抗弁について考える。

1 控訴人主張の抗弁1は、控訴人、被控訴人間には未だ本件ビルの建築に関する正式の設計請負契約が、確定的、最終的に成立したものと認めることは困難であること前記認定のとおりであるのみならず、右契約において、被控訴人が本件ビルの六〇パーセント分のテナントを確保することが停止条件となつていたことについては、これを肯認し得ないことは、右二に認定、説示した控訴人と被控訴人との間の折衝の経緯等からして明らかなものというべきであるから、控訴人の右抗弁1は、理由がない。

2 また、控訴人は、抗弁2において基本設計に入る前の計画案の作成行為については、報酬は支払われないのが業界の慣習であり、本件で被控訴人のした設計図面等の作成行為は右の計画案の作成行為にすぎないから、右行為については被控訴人の報酬請求権は発生しない旨を主張し、<証拠>中には、一部右控訴人の主張にそう部分がある。

しかしながら、右三枝証人自身も、計画案の段階の図面作成行為についても本来は報酬が支払われるべきものであるが、ただ、現実には施主の方で右の段階の行為については、なかなか報酬を支払おうとしないため、その支払いを受けられない例が多いとの趣旨を証言しているにすぎないものと考えられ、また、前掲の乙各号証の記載からしても、基本設計に入る前の計画案の作成行為については、これを無報酬とする旨の慣習が建築設計業界において確立しているものとまで認めることは困難であり、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被控訴人の本件設計図面等の作成行為が、右の計画案の作成行為にとどまるものであるか否かはともかく、控訴人の右抗弁も理由がない。

四次いで、被控訴人のした本件ビル建築のための設計図面等の作成行為に対する報酬としていくばくの金額が相当であるかを考える。

<証拠>によると、被控訴人の方では、右設計図面等の作成によつて本件ビル建築のための基本設計が完了したものとして、これに対する報酬額を、右の仕事に従事した被控訴人の従業員の延業務日数と工賃を計算する等の方法により、当時控訴人に提出していた本件ビル建築工事の概算予算書上の工費である三億一、〇〇〇万余円の約0.9パーセントに当たる二八〇万円と算出し、昭和五三年一月に右金額の報酬の支払いを控訴人に対して請求したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

他方、<証拠>によれば、控訴人が最終的に本件ビルの設計を依頼するに至つた設計事務所との間では、設計、設計監理等を含んだ業務に対して七五〇万円の報酬の支払いが約された事実が認められ、また、<証拠>によれば、本件当時施行されていた日本建築士会連合会の報酬規程では、基本設計業務のみを分割して委嘱された場合の報酬額は、設計及び監理のすべてを委嘱された場合の報酬額の三〇パーセントとする旨が定められていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。更に、<証拠>を併せ考えると、本件ビルの建築について、一般に基本設計と呼ばれる段階の設計業務が完了したとするには、被控訴人の作成した前記のような設計図面等に加えて、更に建物の内部の詳細に関する図面等が作成される必要があるものというべきであつて、被控訴人のした前記設計図面等の作成行為によつてすでに基本設計が完了したと認めることは困難であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上のような事実を勘案すると、被控訴人のした本件設計図面等の作成行為に対する報酬の額としては、被控訴人の請求額である二八〇万円の七割に当たる一九六万円をもつて相当な額とすべきものと考えられる。

(中島恒 塩谷雄 涌井紀夫)

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